「悪」の検索結果

  • 孔子は「幼成は天性の如く、習慣は自然の如し」といわれた。これは幼少から習って成就したことは、天性に生まれついたようになるということである。また久しく習慣になって身についたことは、善も悪も、努めないでも自然にできるというようなものである。善悪ともに生まれつきに出たものよりも習いから出ることが多い。だから習慣では善悪をえらび慎まねばならぬ。習慣になったことは、生まれついた自然のようなものである。学問をするのも、善の習慣をつけるのである。人が悪をするのもかならず生まれつきでするばかりではなく、悪人に習ってすることが多い。

    貝原益軒

    儒学者

    『日本の名著 14 貝原益軒』「大和俗訓」為学下(中央公論社、1983年)

  • 心はからだの主人で万事の根源である。それだから、心が正しくないと身は修まらず、家をととのえ、人を治めにくい。⋯⋯心を正しくするとは、心からおこるところの喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲の七情が適当に過不足なくかたよらないことをいう。喜ぶべきことがあれば喜ぶが、その喜びを過ごしてはならない。怒るべきことがあれば怒るが、その怒りを過ごしてはならない。ほかのこともまたこのようにするがよい。七情が過不足なく、かたよらなければ、心のうちにとどこおりがなくつねに和平である。これが心が正しいということである。

    貝原益軒

    儒学者

    『日本の名著 14 貝原益軒』「大和俗訓」心術上(中央公論社、1983年)

  • 人の知は目のようである。人の目はよく百里の外を見るけれども、自分のまつ毛を見ることはできない。人の知はよく他人の悪を知っているが、わが身の悪を知らない。人を見ることはつねに明らかである。私がないからである。自分を見ることはつねにくらい。私があるからである。それだから人の過ちを責めることはきびしく、わが悪を許すことはゆるやかである。

    貝原益軒

    儒学者

    『日本の名著 14 貝原益軒』「大和俗訓」躬行下(中央公論社、1983年)

  • 天地の働きによって多くの物が生ずるという現象、そこには何の善悪もないが、それらの物が成長し、成長した結果、いろいろな物をつくりだす、その経過をみてくると、みなそれぞれに適合した行為となっている、この現象をしいて善とよぶのである。人の性にはもちろん善も悪もないのだ。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」聖学九(中央公論社、1983年)

  • 武士の心の位は、三段ある。徳を好むのを上、名声を好むのを中、利を好むのを下とする。利を好む者は義理も恥もかえりみず、叛逆してでも国郡を手に入れ立身する方向へ進んでゆく。このような人物は臣下としても主としても信頼できない。名声を好む者は不義無道の悪事はしない。しかし正しい道を誤り当世の名声を好むので、根本の邪正を考えず、人が褒めることに従うようになる。当世の人が褒めることを書物に記して見れば、後世の謗りになることもある。当世ではその時の風習で正道に違うことも褒め、憎んで善も悪と申してしまう。この他、多くの誤りに従うから、名声を好んで不義に入ることもある。

    熊沢蕃山

    陽明学者

    『日本の名著 11 中江藤樹・熊沢蕃山』「集義外書」巻一(中央公論社、1983年)

  • 学問をする人はまず矜の字を禁戒とする。矜はほこると読む。ほこるとはわが身を自慢して、人にへりくだらないのをいう。まだ知らないことを、もう知ったといい、自分のよくないことをよしとしたり、もっぱらわが知を用いて人に問わず、人の諫めを用いず、わが身を責めないで人を責めるのが矜である。このようにすると悪が日々に長ずる。初学の人はまずこの禁戒を守って、またこの基を立てないといけない。そうでないと学んでも無益であるばかりかかえって害がある。これが書を読み、学問する人の第一に心得べきことである。

    貝原益軒

    儒学者

    『日本の名著 14 貝原益軒』「大和俗訓」為学上(中央公論社、1983年)

  • およそ万事の悪は、多く怒りと欲からおこる。七情(喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲)のうちの二つ、もっとも害が多い。わが身をそこない人をそこなう。おそるべきである。

    貝原益軒

    儒学者

    『日本の名著 14 貝原益軒』「大和俗訓」心術上(中央公論社、1983年)

  • 「人の諫めをふせぎ怒るより大なる悪なし」と古人はいっている。中国・日本でもその昔から、人の行ないが悪くて、身をほろぼし家をほろぼすのも、みな諫めをしりぞけるからおこったのである。深く戒めないといけない。

    貝原益軒

    儒学者

    『日本の名著 14 貝原益軒』「大和俗訓」心術下(中央公論社、1983年)

  • 善も悪も、かならず小をつんで大に至るものである。だから善は小であっても棄ててはいけない。悪は小であっても行なってはならない。

    貝原益軒

    儒学者

    『日本の名著 14 貝原益軒』「大和俗訓」躬行上(中央公論社、1983年)

  • 善はかならず日々に行ない、長く積みかさねてのち、その功がなるものである。たとえば補薬を用いて元気を補うようなものである。その効きめはおそい。長く飲んでから効きめが出てくる。悪は少しであっても畏れないといけない。たとえば毒を食えばたちまち害があるようなものである。その効きめは早い。悪を去ることは、強い薬を用いて、病気を取り去るようにしなければならぬ。急にせめないとからだに害がある。

    貝原益軒

    儒学者

    『日本の名著 14 貝原益軒』「大和俗訓」躬行下(中央公論社、1983年)

  • すべての悪はみな欲を好き勝手にすることからおこる。耳・目・口・からだの欲をがまんして好き勝手にしないのが欲に勝つ道である。いろいろの善は、みな欲をがまんして好き勝手にしないことからおこる。だからがまんするのと好き勝手にするのとは、善と悪とのおこるもとである。だから養生をしようとする人は、つねに意識して、好き勝手なことをせず、欲をがまんするのが大事である。

    貝原益軒

    儒学者

    『日本の名著 14 貝原益軒』「養生訓」総論上(中央公論社、1983年)

  • 天地の命は生々してとどまることがないというだけで、それ自体、善でもなければ悪でもない。人も天命によって、理・気の妙用をうけ、それを性としている。つまり、天地に対して小天地なのである。それゆえに性は生々してとどまることはなく、すべてを認識・体得することができるが、それだけであって、性の本来は善であるなどのことはない。ただ、性が行為となって外にあらわれた時、もっともその場に適合すればそれが善となるだけである。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」聖学九(中央公論社、1983年)

  • 諸仏と世界とは別々に対立してはいない、人間は自然と対立してはいない、迷は悟りと対立してはいない、善と悪、また、そのどちらでもない、などの差別はないのだ。

    道元

    僧侶

    石井恭二訳注『正法眼蔵(3)』十方(河出書房新社)

  • 仏となるのにまことにたやすい道がある、もろもろの悪を作らず、生死に執着する心がなく、一切衆生のために、憐れみ深く、上を敬い、下を憐れみ、なにものをも厭う心なく、心に思うことなく、憂いもなければ、それが仏である。このほかに思いはかることはない。

    道元

    僧侶

    石井恭二訳注『正法眼蔵(別巻)』生死(河出書房新社)

  • 悪事をなして、人がそれを知ることを恐れる者は、悪事をなす中にもなお善に向かおうとする心がある。善行をなして、人が早くそれを知ってくれるようにと願う者の方が、善行の中にも悪に向かおうとする心があるものだ。

    洪応明

    著作家

    今井宇三郎訳注『菜根譚』前集67(岩波文庫、1975年)

  • 三宝(仏と法典と僧)を敬いなさい。三宝は、人生において最後の最後に頼れるものであり、世界の真理です。世の中、悪い人は多くはありません。なぜなら良い教えに従えば、みな善人になるからです。しかし、三宝を敬うことがなければ、誰が悪から救ってくださるでしょうか

    聖徳太子

    政治家

  • 悪をこらしめて善をすすめるのは、古くからの良いしきたりである。そこで人の善行は隠すことなく広め、悪行を見たら必ず正しなさい。へつらいあざむく者は、国家を覆す効果ある武器であり、人民を滅ぼす鋭い剣である。また媚びへつらう者は、上役の者に好んで下の者の過失を言いつけ、下役の者と会うと上の者の過失を誹謗するものだ。これらの人たちは君主に忠義心がなく、人民に対する仁徳も持っていない。これは国家の大きな乱れのもととなる

    聖徳太子

    政治家

  • 世間的に申し分のない夫や妻であっても、相手が欲していなければ、それは悪夫、悪妻です。そんな時はさっさと別れて、自分の良さを認めてくれる相手を探すことです。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • 人間は善悪両方を持っています。それを、自分の勉強や修行によって、善悪の判断をし、悪の誘惑に負けずに善行を積んでいくことが人間の道なのです。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • あらゆる戦争は悪だと思っています。戦争にいい戦争なんてありません。私たち老人は、そのことを語り継がなければなりません。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • 戦争はすべて悪だと、たとえ殺されても言い続けます。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • 世界の悪についてだけを考えるのならばあなたは悲観的で絶望的になるだろう。しかし、悪を一切見なければあなたはただの底抜けの楽天家になってしまうだろう。

    アブラハム・マズロー

    心理学者

  • 邪悪な人間と組んでうまくいったためしはない。

    ウォーレン・バフェット

    投資家

  • 悪を罰しない者は、悪をなせと命じているのだ。

    レオナルド・ダ・ヴィンチ

    芸術家

  • 悪に報いるには正義をもってし、善に報いるには善をもってせよ。

    孔子

    哲学者

  • 善に協力するのは義務である。と同時に、悪への協力を拒否するのも義務なのである。

    マハトマ・ガンジー

    弁護士

  • 非協力運動は、無意識のうちに悪に加担してきたことに対する抗議だ。

    マハトマ・ガンジー

    弁護士

  • 敵対する人と同じ船に乗り合わせていてもトラブルが起きたなら力を合わせて回避するほかない。

    (原文)夫れ呉人と越人との相悪むや、其の舟を同じくして済りて風に偶うに当たりては、其の相い救うや左右の手の如し

    孫子

    武将

  • 一人を殺したなら殺人者、何百万人も殺せばヒーローになる。数字はものごと神聖化させる。

    (原文)One murder makes a villain. Millions a hero. Numbers sanctify.

    チャールズ・チャップリン

    俳優

  • 独裁者は自分自身を解放するかわりに、彼らは人々を奴隷にする。

    (原文)Dictators free themselves, but they enslave the people.

    チャールズ・チャップリン

    俳優

  • 善人においては、現世にても死後にても悪は発生せず。

    ソクラテス

    哲学者

  • 唯一の善は知識であり、唯一の悪は無知である

    ソクラテス

    哲学者

  • 現代人の欠点は、自分の職業に愛と誇りを持っていないことである。多くの人が職業を必要悪、のろうべき苦役と考えている。

    ロダン

    彫刻家

  • だれに対しても、不正を不正でもって、悪を悪でもって、埋め合わせしてはいけない。
    よしんば、その相手にどれほど苦しめられていようとである。

    プラトン

    哲学者

  • 悪とは何か?– 弱さから生じるすべてのものである。

    ニーチェ

    哲学者

  • 善にも強ければ、悪にも強いというのが、もっとも強力な力である。

    ニーチェ

    哲学者

  • 直接会って話すのが、お互いの悪感情を一掃する最良の方法である。

    リンカーン

    政治家

  • 人間の「善」が、
    常に「悪」よりも先んじてほしいものです。

    手塚治虫

    漫画家

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