「哲学者」の検索結果

  • 天下の財宝は天下公共のものであって、持主だけのものではない。広く万物を交換し、そこから利益を生ぜしめるからこそ、それを財宝というのである。金持の人はみな口では「損をするのはいやだ」といいながら、その実、本当の損失とはなにかを知らない。金・玉・財・器が蔵いっぱいにあって、しかも、それらを活用させないでただしまっておくだけであれば、つまり、それは天下の財宝が一ヵ所にとどまっていて天下の役に立っていないことなので、これほどの大きな損失というものはないのだ。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「武教小学」(中央公論社、1983年)

  • 天地は終始一貫して万物が成長し、結実するためにあるのであって、天地それ自身のためにすることはなにもない。だからこそ、永久に存在するのだ。天地が万物のためにあるといっても、なにも「ために」あろうとしてそうあるのではなく、やむにやまれぬ必然によって、ものをおおえば残るところなくすべてをおおいつくし、ものをのせては余すところなく支えるということになってしまうのである。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」君道十一(中央公論社、1983年)

  • 死にはそれぞれ「義」がある。すなわち死なねばならぬ場合〈義〉と、死んではならぬ場合〈義〉とがあるのである。義を守らずにただやみくもに死ぬのは、勇とはいえるが義ということはできない。彼らが死ぬべき時〈節〉に死ぬというその義は、いったいどこにあるのであろうか。死をとげたのだから勇があるとはいっても、死ぬベき時に死ぬという義を明らかにしなければ、まことの勇とはいえないのである。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」臣道三(中央公論社、1983年)

  • 一般に人が父母以外の人をしきりに慕い思うのはみな、なにものかを求めてのことである。学問することによってそのなにものかが除かれ、年をとって血気が安定するために自分だけの立場に執着する情欲が除かれて、その誠が知られてくると、父母のほかには慕うべきものがないことがわかってくるのだ。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」父子道二(中央公論社、1983年)

  • 文道がその内心において充実し、その外形においては武備がととのうようになれば、三民はおのずから士を師とするようになり、士を尊び、その教えにしたがい、ものごとの順序を知ることができるようになるのである。こうしてはじめて、士の道は成り立ち、自分では働かず、衣食住が足りていることにも、心の負い目を感じなくてすむのであり、また、主君の恩、父母の恵みにもいくらかは報いることができるのである。もしこのつとめをしないのであれば、それは父母の恵みを盗み、主君の俸禄をむさぼるというものであって、盗賊がぬすみによって暮らしているのと同じである。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士道(中央公論社、1983年)

  • 大丈夫であってその度量が広く、気節の大きい人はまた、自然にその人柄が暖かくうるおいあるものだ。⋯⋯内に徳を含み、光を包んで、外に角立ったところの現われない⋯⋯。わずかばかりの知恵や、ちょっとした才能しかない者はそのいれものが小さいものだから、自分の力をひけらかして、人に対して自慢し、世に吹聴するものである。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士道(中央公論社、1983年)

  • 仁とは天地、つまりとの宇宙が生身発展する中心であって、他をあわれむ心がほどよく現われたもの、愛の用なのだ。また、義は他の不善をにくみ、自分の内心の不善を恥ずる情が適切に現われるの謂なのである。であるから、もし仁の心がないならば、度量の大きさをそこに期待することはできず、好き嫌いといった小さな感情にのみ陥ってしまうのだ。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士道(中央公論社、1983年)

  • 敬とは何もいわず黙っていたり、体をちぢこめて不動の姿をすることをいうのではない。いかなることについてもおろそかにしたり軽んじたりせず、よくその理をきわめ考えることをいうのである。おろそかにしたり軽んじたりすれば、そこにはなまけ心が出てきて放心し、あとはただ、情欲のおもむくままになるばかりなのだ。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士道(中央公論社、1983年)

  • 樹木を見ると、若木の間は年々成長するのが目に見えてわかるが、何年もたってそれが大きな木になると、五年、十年たっても、どこといって変わって見えるところがない。⋯⋯士が学問をするさまも、これとおなじである。その初めにはどんどん進んで行くように見えるが、しばらくのちになると、これといって進んだようには思われないものだ。ここのところで人は学問を怠るものだから、もとのもくあみになることがあるのである。勉学において大切なのはここのところである。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士談一(中央公論社、1983年)

  • 楠木正成の言葉に、「武士の勇気をおさえつけるものが五つある。それは一に妻、二に幼な子、三に財産、四に病気、五に災難である。武土たる者がつねに心の用意をしておかねばならないのはこれらのことについてである。すこしもいいかげんにしてはならない」というのがある。考えてみるに、気を養うことができたならば、この五つの中にあっても勇気がおさえられるわけはないが、内面の訓練をするには、まず外面を正すというのが古人の戒めなのだから、正成のこの言葉は正しく武士の戒めというべきであろう。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士談二(中央公論社、1983年)

  • はるか先までを考え、人が見ていないところや自分が死んだのちのことまでを考慮して、道徳の本原である天地を模範としてなすべきつとめをつくすのが、大丈夫たる者の「義」なのだ。目先の利を第一とするならば、その時の勢いのおもむくままに自分もついて行かねばならず、それでは高くすぐれた心を持つというわけにはいかない。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士談三(中央公論社、1983年)

  • 学問というのはかならずしも書を読むことだけをいうのではない。昔から今にいたるまでのことで目に触れるものはなんでも、学問でないものはない。だからなにごとにも注意して、そのそれぞれについて是非を正し、くわしく究めていけば、それがつまり学問なのだ。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士談十(中央公論社、1983年)

  • 聖人の学は日常的なことと身近なこととの間にある。学者は学ぶことが身辺のことに関わるのを嫌わず、かえってますます身に近いところについて学ぶならば、その工夫はますますほんものであり、その学は日に新たである。人が道に志して熱心に学問するならば、なすことすべて学であるといってよいだろう。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」聖学二(中央公論社、1983年)

  • 好悪は、それ自体が千差万別であるから、その情の流れもまた多岐にわたるが、それを仁義の教えによって調節することが基本的な方策であり、それがつまり、人の道が現実に適用される場合、仁義をその基礎とする理由なのだ。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」聖学五(中央公論社、1983年)

  • 家庭にあっても、朝廷にあっても、文事につけても武事につけても、宮室のことでも、器物を用いるにつけても、行為の規準である礼によって行なえば安んじていられるのである。礼とは内心から発する情を無理に曲げたり、また外面をかざったりするものではない。おのずからちょうどよいところに的当させる必然的な道なのである。それゆえに聖人の教えはただ礼と音楽(それは人の心をやわらげるものだが)とにあるのである。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」聖学五(中央公論社、1983年)

  • 天地の働きによって多くの物が生ずるという現象、そこには何の善悪もないが、それらの物が成長し、成長した結果、いろいろな物をつくりだす、その経過をみてくると、みなそれぞれに適合した行為となっている、この現象をしいて善とよぶのである。人の性にはもちろん善も悪もないのだ。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」聖学九(中央公論社、1983年)

  • 武士が君主から俸禄をもらいながら、三民の長としてふさわしい外形・行為・知識を正しく保たない時には、彼らは天の賊民であり、もっとも恥ずべきものとなるのだ。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「武教小学」(中央公論社、1983年)

  • 食欲は身体を保ち、さらに礼節を行なうためにあるのであり、性欲は子孫を生んでその家をつづかせ、ひいては人の情欲を適度に制限するためにあるのである。すなわち、人にはおのずから節度というものがあるのだ。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「武教小学」(中央公論社、1983年)

  • 利害や家の興亡は半分は人の力によるけれども、残りの半分は天命によることなのであるから、いくら人がよく考えたとしても、天命についてはどうすることもできない。だから、義を究明し忠を格物して、義と忠にあたることは利害や家の興亡などを度外視して行ない、その結果として自分の身に利益があり、また家がそれによって興るというのであれば幸いであり、逆に、害があったり滅びたりしたとしても何も恨みとすることはないのである。これが人として本来つとめるべきことなのだ。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」臣道三(中央公論社、1983年)

  • およそ士の職というものは、主人を得て奉公の忠をつくし、同僚に交わって信を厚くし、独りをつつしんで義をもっぱらとするにある。そして、どうしても自分の身から離れないものとして、父子・兄弟・夫婦の問の交わりがある。これもまた、すべての人が持たなければならない人間関係であるけれども、農・工・商はその職業にいそがしくて、いつもその道をつくすというわけにいかない。士はこれらの業をさしおいて、もっぱらこの道につとめ、農・工・商の三民が、人のなすべきことをすこしでもみだすならば、それをすみやかに罰し、それによって天の道が正しく行なわれる備えをなすものである。だから士には、文武の徳知がなければならない。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士道(中央公論社、1983年)

  • 大丈夫が本心を失わずに成長させる存心の工夫は、ただ義と利との区別をわきまえることにのみある。君子と小人の差別、王道と覇道の違いなどは、すべて義と利との間にある。それではどういうことを義というのかといえば、内に高貴なるものを畏れ、みずから恥ずる心を持ち、事を処理してのち、はじめて心楽しむ、これが義というものなのだ。また、利とは、内心では欲をほしいままにし、外には身体を安逸におこうとすることである。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士道(中央公論社、1983年)

  • 聖人君子の教えも、生を嫌って死につき、みずから損をして利をさけ、苦労をとって安楽を捨てよ、などというのではない。聖人・君子が好み、嫌うところも一般の人に異ならず、ただ、義と利の区別について惑わないだけのことである。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士道(中央公論社、1983年)

  • 自分の身を利することを好むのは、これまた世間一般のことであるのだが、聖人・君子は事の軽重を区別してよく判断するのである。軽重というのは、君・父・兄・師・夫は自分にとって重く、臣・子・弟・幼・婦は軽い。天下・国家は我が身よりも重く、視・聴・言・動は心よりも軽いというようなことである。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士道(中央公論社、1983年)

  • 礼は、その根本は人の心が必然的に持っているのであり、具体的にいえばすべて事物はおのずから区切り〈節〉をもち、その全体の構成が整っていて、美しく筋道が立っている、それがつまり、礼というものなのだ。身の動作はすべて礼の適用を受けるから、動くこともとどまっていることも、また、ものをいうことも黙っていることも、それぞれについて礼はあるのである。そして礼の根本は、「敬せずということなかれ」の三字にきわまっている。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士道(中央公論社、1983年)

  • 大木となってからは、一年に一分だけ成長したとしても、それは若木の場合の二尺にも三尺にも当たるのである。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士談一(中央公論社、1983年)

  • 「義」ということは何かあてがあってするのではなくて、人の目に見えないところで己れのなすべきことをつとめるところに眼目のあるものなのだが、一般の人間は目先の利益を望んで、遠い先のことまで考えない者が多い。そのために「義」をつとめることが非常にむつかしいといわれているのである。だれも見ていないところ、知らないところ、そんなところで何をしたとしても、人がほめもそしりもしないようなところ、そういうところにおいてこそ本当の意味のつとめというものがあるはずなのだ。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士談三(中央公論社、1983年)

  • 学問は古今に通じてその才をみがくことであり、また、その根本は天地が万物を養い育てるにも比すべきものだ。ただ博くさえ学べばよいというのもまた、害の多いものである。韓退之(名は愈)がその子を戒めていったことばに、「人は古今に通じなければ、馬や牛が着物を着たにもひとしい」とある。「通」の一字になかなかの味があるのだ。つまり、古今のことを知るだけではだめなので、通じなければかならず迷いに陥るものである。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士談十(中央公論社、1983年)

  • 人の情(こころ)がなんらかの形をとってあらわれる場合、その情を動かすのはただ好悪のみである。それゆえ、その好悪によっての情の動きは、自然のままにすれば過不及をまぬかれないが、それを適度にさせる基準が仁義である。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」聖学五(中央公論社、1983年)

  • 天地の命は生々してとどまることがないというだけで、それ自体、善でもなければ悪でもない。人も天命によって、理・気の妙用をうけ、それを性としている。つまり、天地に対して小天地なのである。それゆえに性は生々してとどまることはなく、すべてを認識・体得することができるが、それだけであって、性の本来は善であるなどのことはない。ただ、性が行為となって外にあらわれた時、もっともその場に適合すればそれが善となるだけである。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」聖学九(中央公論社、1983年)

  • その人を知らざれば、その友を見よ。

    孔子

    哲学者

  • 過ちて改めざる。これを過ちという。

    孔子

    哲学者

  • 良心に照らして少しもやましいところがなければ、何を悩むことがあろうか。何を恐れるがあろうか。

    孔子

    哲学者

  • 義を見てせざるは勇無きなり。

    孔子

    哲学者

  • 十人が十人とも悪く言う奴、これは善人であろうはずがない。だからといって十人が十人ともよくいう奴、これも善人とは違う。真の善人とは、十人のうち五人がけなし、五人がほめる人物である。

    孔子

    哲学者

  • 己達せんと欲して人を達せしむ。

    孔子

    哲学者

  • 好きなことを仕事にすれば、一生働かなくてすむ。

    孔子

    哲学者

  • 何事も楽しんでやりなさい。楽しんでやることで、思わぬ力が発揮されるものなのだ。

    孔子

    哲学者

  • 成功者は必ず、その人なりの哲学をもっているものだ。その哲学がしっかりしているからこそ、成功者の人生は揺るがないのだ。

    孔子

    哲学者

  • 君子の九思(心掛けるべき九つのこと)
    1.物を見るときは、はっきり見る
    2.聞くときは、誤りなくしっかりと聞く
    3.表情はおだやかに
    4.態度は上品に
    5.言葉は誠実に
    6.仕事には慎重に
    7.疑問があれば、質問する
    8.みさかいなく怒らない
    9.道義に反して利益を追わない

    孔子

    哲学者

  • 徳は弧ならず、必ず隣あり

    孔子

    哲学者

  • 良薬は苦くして病に利あり、忠言は耳に逆らいて行いに利あり

    孔子

    哲学者

  • 悪に報いるには正義をもってし、善に報いるには善をもってせよ。

    孔子

    哲学者

  • 君子は平安でのびのびしているが、小人はいつでもくよくよしている。

    孔子

    哲学者

  • 三人行けば必ず我が師あり。その善なるものをえらび、之に従い、その不全なるものはこれを改む。

    孔子

    哲学者

  • 徳ある人を見たら、その人に並ぶことをめざせ。得なき人を見たら、我が身を振り返り、自省せよ。

    孔子

    哲学者

  • 最も賢い者と最も愚かなものだけが、決して変わることがない。

    孔子

    哲学者

  • 止まりさえしなければ、どんなにゆっくりでも進めばよい。

    孔子

    哲学者

  • 学べばすなわち固ならず。

    孔子

    哲学者

  • 一を以て之を貫く

    孔子

    哲学者

  • 物事を迅速にしたいと、望んではならない。小さな利点に目を止めてはならない。物事を早く行うことばかり望むと、十分になすことができない。小さな利点にとらわれると、大きな仕事が達成できない。

    孔子

    哲学者

  • 1ページ目

    次へ