「人間」の検索結果

  • 仁は天地が物を生育される根本の生(性)理である。人間の場合には心の徳である。無欲無我であって、万物を一体と考える。その立場に立てば、物を憐れみ施し救うことは、無心自然の働きである。わざわざこしらえてする行為ではない。

    熊沢蕃山

    陽明学者

    『日本の名著 11 中江藤樹・熊沢蕃山』「集義外書」巻四(中央公論社、1983年)

  • 耳が音を聞き、目がものを見、口が飲み食いし、からだが色を好むのは、人間のからだの各部が好きな欲をもっているからである。これを嗜欲という。嗜欲とは好きな欲のことである。欲とはむさぼることである。飲食・色欲などをがまんしないで、むさぼって好き勝手なことをすると、限度をこえて、からだをそこない礼儀にそむくものである。

    貝原益軒

    儒学者

    『日本の名著 14 貝原益軒』「養生訓」総論上(中央公論社、1983年)

  • およそ人間には三つの楽しみがある。第一は道を行なって、自分に間違いがなく、善を楽しむことである。第二に自分のからだに病気がなく気持よく楽しむことである。第三は長生きしてながく楽しむことである。富貴であっても、この三つの楽しみがないとほんとうの楽しみはない。だから富貴はこの三楽に入らない。

    貝原益軒

    儒学者

    『日本の名著 14 貝原益軒』「養生訓」総論上(中央公論社、1983年)

  • およそ士の職というものは、主人を得て奉公の忠をつくし、同僚に交わって信を厚くし、独りをつつしんで義をもっぱらとするにある。そして、どうしても自分の身から離れないものとして、父子・兄弟・夫婦の問の交わりがある。これもまた、すべての人が持たなければならない人間関係であるけれども、農・工・商はその職業にいそがしくて、いつもその道をつくすというわけにいかない。士はこれらの業をさしおいて、もっぱらこの道につとめ、農・工・商の三民が、人のなすべきことをすこしでもみだすならば、それをすみやかに罰し、それによって天の道が正しく行なわれる備えをなすものである。だから士には、文武の徳知がなければならない。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士道(中央公論社、1983年)

  • 「義」ということは何かあてがあってするのではなくて、人の目に見えないところで己れのなすべきことをつとめるところに眼目のあるものなのだが、一般の人間は目先の利益を望んで、遠い先のことまで考えない者が多い。そのために「義」をつとめることが非常にむつかしいといわれているのである。だれも見ていないところ、知らないところ、そんなところで何をしたとしても、人がほめもそしりもしないようなところ、そういうところにおいてこそ本当の意味のつとめというものがあるはずなのだ。

    山鹿素行

    哲学者

    『日本の名著 12 山鹿素行』「山鹿語類」士談三(中央公論社、1983年)

  • 諸仏と世界とは別々に対立してはいない、人間は自然と対立してはいない、迷は悟りと対立してはいない、善と悪、また、そのどちらでもない、などの差別はないのだ。

    道元

    僧侶

    石井恭二訳注『正法眼蔵(3)』十方(河出書房新社)

  • 風や月、花や柳のような風物がなくては、自然が成り立たない。同じく欲情や好き好みがなくては、人間の心が成り立たない。ただ、あくまでも我が主となって外物を従として使いこなして、外物に使役されないようにさえすれば、情欲も天の妙なるはたらきであり、欲望のあることもそれでそのまま真理の世界となる。

    洪応明

    著作家

    今井宇三郎訳注『菜根譚』後集116(岩波文庫、1975年)

  • 平索、粗衣粗食に甘んじている士人には、氷のように清く玉のようにけがれのない心の持主が多いが、美衣美食に奢る輩には、甘んじて奴婢のようなお追従を上位の者にする卑賎な態度の者が多い。思うに、人間の操守は、淡白な生活によってますます磨かれるが、その気慨は、豪奢な生活によって次第に失われていくものである。

    洪応明

    著作家

    今井宇三郎訳注『菜根譚』前集11(岩波文庫、1975年)

  • よろずの物音がひっそりと静まりかえっているとき、ふと、鳴く小鳥の一声が聞こえると、そとで多くの幽玄な趣を味わうのである。また、よろずの草花が枯れしぼんでしまった後に、ふと、一枝が抜き出て花を咲かせているのを見付けると、そこで限りなき自然の生命力に感動を覚えるのである。してみると、人間の本性というものは、いつも枯れきっているものではなく、生々とした精神を、物に触れて呼び起こすのがよいことがわかる。

    洪応明

    著作家

    今井宇三郎訳注『菜根譚』後集91(岩波文庫、1975年)

  • 古人は我々人間の先祖はアダムであると信じていた。という意味は創世記を信じていたと云うことである。今人は既に中学生さえ、猿であると信じている。という意味はダアウインの著書を信じているということである。つまり書物を信ずることは今人も古人も変りはない。その上古人は少なくとも創世記に目を曝らしていた。今人は少数の専門家を除き、ダアウインの著書も読まぬ癖に、恬然とその説を信じている。

    芥川龍之介

    小説家

    『侏儒の言葉・文芸的な、余りに文芸的な』侏儒の言葉・神秘主義(岩波書店)

  • 人間的な、余りに人間的なものは大抵は確かに動物的である。

    芥川龍之介

    小説家

    『侏儒の言葉・文芸的な、余りに文芸的な』侏儒の言葉・人間的な、余りに人間的な(岩波書店)

  • 人は天地の間で最も霊妙な存在である。天地にここが限りというところはない。人間の本性も、どうして異なるであろうか。心が寛容でどこまでも広大である時は、喜怒の感情も障りとなることもなく、他人のために煩わされることもない。

    吉田兼好

    歌人

    小川剛生訳注『新版徒然草』第211段(KADOKAWA)

  • 梟は雛のときには美しくて、長ずるにしたがってぶざまな鳥になるものだといわれる。そういえば、人間の芸風の成長においても、幼いときにあまり完全無欠なのは、成年になるにつれてかえって悪くなる前兆であるように思われる。

    世阿弥

    能役者

    日本の名著10『世阿弥』遊学習道風見(中央公論社)

  • その物にとりついて、その物を弱らせ駄目にする物が、必ずある。身体に虱がある。家に鼠がある。つまらぬ人間に財宝がある。君子に仁義がある。僧侶に仏法がある。

    吉田兼好

    歌人

    小川剛生訳注『新版徒然草』第97段(KADOKAWA)

  • 和を以て貴しと為す

    聖徳太子

    政治家

  • 一人の人間を救うことに大きな意味はないかもしれない。目の前に倒れている人間を、放っておくような男に日本は救えない!政治から志を奪ったら一体何が残るのか!

    聖徳太子

    政治家

  • 佞しく媚ぶる者は、上に対ひては即ち好みて下の渦を説き、下に遭ひては則ち上の失を誹謗る

    聖徳太子

    政治家

  • 和を何よりも大切なものとし、いさかいを起こさぬことを根本としなさい。人は徒党を組みたがり、悟りきった人格者は少ない。それだから、君主や父親の言うことに従わなかったり、近隣の人たちともうまくいかない。しかし、上の者も下の者も協調・親睦の気持ちをもって論議するなら、自然とものごとの道理にかない、どんなことも成就するものだ

    聖徳太子

    政治家

  • 心の中の憤りをなくし、憤りを表情にださぬようにし、他の人が自分と異なったことをしても怒ってはならない。人それぞれに考えがあり、それぞれに自分がこれだと思うことがある。相手がこれこそといっても自分はよくないと思うし、自分がこれこそと思っても相手はよくないとする。自分はかならず聖人で、相手がかならず愚かだというわけではない。皆ともに凡人なのだ

    聖徳太子

    政治家

  • これがよい、これが悪いと、だれが定めることができるだろう。お互いに誰も賢くもあり愚かでもある。それは耳輪には端がないようなものだ。こういうわけで、相手がいきどおっていたら、むしろ自分に間違いがあるのではないかと恐れなさい。自分ではこれだと思っても、みんなの意見に従って行動しなさい

    聖徳太子

    政治家

  • 慎ましさとは、妬みや軽蔑の的になることへの恐れである。幸福に酔いしれれば必ずそういう目にあうからだ。それはわれわれの精神のくだらない虚勢である。さらにまた、栄達を極めた人びとの慎ましさは、その栄位をものともしないほど偉い人間に自分を見せようとする欲望なのである。

    ラ・ロシュフコー

    貴族

    内藤濯訳 『箴言と考察』18(岩波書店)

  • 怒りを抑え、表に出してはならない。人が自分と違ったことをしても怒らないように。考え方は人それぞれである。自分が良いと思うことも相手にとって嫌なこともあるだろうし、その逆もある。自分が必ずしも聖人であるわけではありません

    聖徳太子

    政治家

  • 嫉妬の気持ちを持ってはならない。自分がまず相手を嫉妬すれば、相手もまた自分を嫉妬する。嫉妬の憂いは果てしない。だから、自分より英知が優れている人がいると喜ばず、才能が勝っていると思えば嫉妬する。それでは500年たっても賢者に会うことはできず、1000年の間に1人の聖人の出現を期待することすら困難である。聖人・賢者と言われる優れた人材がなくては国を治めることはできない

    聖徳太子

    政治家

  • 人間は、他人から受けた思恵や侮辱を忘れてしまうだけではない。恩を受けた相手を憎むことさえあるし、侮辱を受けた相手を憎まなくなったりもする。恩に報い、仇を返そうとつねづね心掛けるのは、人間にとってどうにも耐えがたい束縛なのだ。

    ラ・ロシュフコー

    貴族

    吉川浩訳『運と気まぐれに支配される人たち ラ・ロシュフコー箴言集』14(角川書店)

  • 人間には、裏切ってやろうと、たくらんだ裏切りより、心弱きがゆえの裏切りの方が多いのだ。

    ラ・ロシュフコー

    貴族

    吉川浩訳『運と気まぐれに支配される人たち ラ・ロシュフコー箴言集』120(角川書店)

  • 人間社会は、本音を隠してお互いに騙し合っているから、何とかこれほど持っているようなものだ。

    ラ・ロシュフコー

    貴族

    住友進訳『〈新訳〉ラ・ロシュフコー 賢者の言葉』87(日本能率協会マネジメントセンター)

  • 宇宙は数学という言語で書かれている。そしてその文字は三角形であり、円であり、その他の幾何学図形である。これがなかったら、宇宙の言葉は人間にはひとことも理解できない。これがなかったら、人は暗い迷路をたださまようばかりである。

    ガリレオ・ガリレイ

    物理学者

  • 勢力や権力を目的とした交際は、長続きさせることが困難である。

    諸葛亮孔明

    軍師

  • 立派な人間の友情は、温かいからといって花を増やすこともなければ、寒いからといって葉を落とすこともない。どんな時でも衰えず、順境と逆境を経験して、友情はいよいよ堅固なものになっていく。

    諸葛亮孔明

    軍師

  • たとえ相手がつまらない人物であっても、額面どおりに相手をこきおろすよりは、額面以上に相手をほめるほうが安全である。賞讃は非難ほど反発されないし、少なくとも嫌がられないからだ。

    アイザック・ニュートン

    物理学者

  • 自分を相手より利口に見せても愚かに見せても、得る所はない。

    アイザック・ニュートン

    物理学者

  • 責任を取れない人間は、科学者であってはならない。あなたに未来を作る資格は無い。

    ガリレオ・ガリレイ

    物理学者

  • 人の心をつかめる人は、敵を消滅できる。古来、兵は戦を好まない。

    諸葛亮孔明

    軍師

  • 金は宝である、金を持つものはこの世界で望むことすべて可能にし、魂を楽園へ導く。

    クリストファー・コロンブス

    探検家

  • インディアンが何を言っているか日々理解できるようになっていったのでお互いの理解が進んでいった。

    クリストファー・コロンブス

    探検家

  • 人間は事実に反することを想像してもよいが事実しか理解することはできない。事実に反することを理解したとしたも、その理解は間違っている。

    アイザック・ニュートン

    物理学者

  • 人間は万能の神でも仏でもないのですから、人を完全に理解することもできないし、良かれと思ったことで人を傷つけることもあります。そういう繰り返しの中で、人は何かに許されて生きているのです。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • 理解できないと投げ出す前に、理解しようと相手と同じレベルに立って感じることを心がけましょう。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • 人の話を聞く耳を持つことは大事です。もし身の上相談を受けたら、一生懸命聞いてあげればいいのです。答えはいりません。ただ聞いてあげればいいのです。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • 心の風通しを良くしておきましょう。誰にも悩みを聞いてもらえずうつむいていると病気になります。信頼できる人に相談して、心をすっとさせましょう。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • 木々の緑や紅葉や美しい花が地球から消え去ったら、人間の暮らしは殺風景になり、感動することがなくなってしまうでしょう。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • ブランデーを飲んで酔っ払ったことのあるアメリカザルは、もう二度とそれに手をつけようとはしない。人間よりはるかに頭がいいということだ。

    チャールズ・ダーウィン

    生物学者

  • 子どもにはまだ後知恵がついていませんから、人間本来の性質がよく表れています。小さな赤ん坊は、人を区別できません。自分の前にいる人の微笑みが赤ん坊にとってはなによりも重要なのです

    ダライ・ラマ14世

    仏教徒

  • 人とつきあうのに秘訣があるとすれば、それはまずこちらが相手を好きになってしまうことではないでしょうか。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • この世は変化するものだと思っていれば、どんな事態に直面しても度胸が据わります。孤独の問題も同じです。お釈迦様は人間は一人で生まれてきて、一人で死んでいくとおっしゃいました。最初から人間は孤独だと思っていれば、たとえひとちぼっちになったとしても、うろたえることはありません。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • 人間は、元々そんなに賢くありません。勉強して修行して、やっとまともになるのです。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • 人間は生まれた時から一人で生まれ、死ぬ時も一人で死んでゆきます。孤独は人間の本性なのです。だからこそ、人は他の人を求め、愛し、肌であたため合いたいのです。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • 私は物心ついた時から職人の娘でした。盆暮れしか休みが無いのが当然でしたから、人間は働くものだと思って育ちました。これは無言のしつけだったのでしょう。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • 人間は生まれる場所や立場は違っても、一様に土にかえるか海に消えます。なんと平等なことでしょう。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

  • 人間は善悪両方を持っています。それを、自分の勉強や修行によって、善悪の判断をし、悪の誘惑に負けずに善行を積んでいくことが人間の道なのです。

    瀬戸内寂聴

    僧侶

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